「あをぎり流」から「日本風」へ必死豆炭!!-「一所懸命」から「一生懸命」などと色々おもいめぐらし・・。
これからは「日本風」でゆこう!!と思う。
「愛を読む人」原作:ルンハルト・シュリンク映画も原作も読んでいない・・・。あるバーのマダムから、この映画の話を
聞いた。ストーリーを彼女から聞き、「映画」は今更みるまい・・、と。
思ったが・・・。どうしても「頭にコビリツキ衝撃が拭えない」-最後の
シーン、とか、濃厚なベットシーンも見てみたい・・・。ただ、ストーリーを
聞いてしまったからには・・。今更、見なくていいとと思った。-ただ
彼女、主人公の「自殺」の「意味」をやはり、もう少し「映画」の中で感じとりたい。
なので、やはり「映画」を観よう!!と思う。世界の中から「存在の意味」を
放り投げ出された「戦争の意味」。「個人の愛」をも剝奪された彼女の孤独感は
・・・。女性のプライドに繋がったのだろうか・・・?-「坊や・・・」と彼氏のことを
言う、その彼女の台詞も聞いてみたい・・・。
街頭演説を人通りのないところでするオトコの話街頭演説をしなければならない理由があるとすれば・・・?!やはり人通りの在る
雑踏でやってほしい。今日、車の通りしかない「人の歩かない」所で、議員さんと
思しき人物が「演説」をしていた・・・。タバコを買いに行ったついでに・・・。
彼の背中を「トントン」と叩き「演説」を中断させ「一体、誰にしゃべってるの?」と
聞いてみた・・。彼は右手をかざし、まるで空気中の塵でもはらうかのように手を
振った・・・。馬鹿みたい・・・。新入社員のトレーニングじゃあああるまいし。
55歳にもなって・・・。こちらの方が少し、照れくさい・・・。同級生のヨシミで
つい意地悪くお声かけしてしまった始末・・・。田川市の市政が問われても仕方ない。
「風呂敷」・「ものさし」・「着物」あまり教えたくない神器なのではあるが・・・。イマドキでは流行らない、あまり活用されなく
なった「もの」ばかりなのである。-以前、勤めて居た所でお世話になった「ムッシュ・ゴトー」
からの伝授!!①たまには「大風呂敷」広げなさい・・・、②自分の「もの指し」をもて!!
③女将さんはいつも着物を着て「自分の身丈」を知っているものなんだよ・・・!
ーーーと、言う話。当時は未だ中々理解できなかったが、最近ムッシュの言った事が、ようやく
わかるようになった・・・。成長したものです。合掌!!
どうして美術館が嫌いなのだろうか・・・??。ふと、考えた事ではあるが・・・。夫が彫刻家で、美術の仕事を手伝っていた頃。
仕事柄だったのだろうか・・・。兎に角、美術館には、よく足を運んだ。その頃は
美術館乱立以前でしたので・・・。全国の必要な美術館・画廊などにも、よく足を運んだ。
その頃以降、美術館乱立時代にはいり、今では知らない美術館などが沢山、在る。
海外の美術館は、情報だけではあるが定番しか知らないので、以降も以前もない。
ここ「田川」に帰ってからは「美術館」という所に、トンと御縁がなく・・。以前、お付き合いの
あった画廊のご主人に最近の情報を色々、尋ねたりもするが・・・。無縁である。
なので、今、オモエバ私にとって「美術館」は、あまり必要のないトコロだったのかな、等と
今では思っている・・・。ご主人様も「公立の美術館」嫌い?な方。自分の「作品」を
美術館などには収めたくない方、そして美術館での展示を異常に嫌っていた。
田川に帰る前に北九州美術館で個展をしたが、随分閉口した・・・。
素晴らしい内容、展示でしたが。動員もかなり得られたし、作品も美術館外で売った!!
まあ、そこに当時いた職員、学芸員など目もくれないので「馬鹿」だと思った。
専門職も地におちた、と思う。今更、何の事はない。美術館馬鹿のアサハカさ・・・。
「旅」という雑誌がある。随分むかしからあった、と思うが最終号「九州の小さな町を訪ねる」という特集が組まれた。-残念な事に最終回。嘉穂劇場と並んで掲載された。
光栄な事である。オセッカイ講座を長年開催してきたがテーマは「我が町の世間遺産・世界遺産」という今、
思えば随分と先を見越した勉強会だった、と思う。-あの当時は「現在の状況」に町が変化してゆく等と思いもよらなかったのだけれど・・・。本当に「世界遺産」も生まれたし、世間遺産の宝庫でもある。この町の人達は
当事者性に欠けていて・・・。まだまだ認識が甘い?というか・・・、足りてない・・・・。わたくしも含めて!!
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芝居小屋の「雛まつり」と題してアイアートレボ協力のもと、巨大こけし雛を制作した。母里氏の仕事ですが息子ちゃん、大君がアシスタントとしてお手伝いしました!完成しましたのでミニ行ってください!!
筑豊の若手の焼き物「上野焼き」なども展示即売しています。飯塚で1日、遊べるように仕掛けてありますよ!
千鳥屋本店店舗の奥にお住まいだった座敷が保存されていてCAFEになっている。2階のお座敷にも沢山展示されていた。創業者の奥方やお嬢さん、姪御さん、それぞれ思い出のお雛様。
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