作兵衛翁の世界記憶遺産から・・・。コメントSAKUBEI-yamamoto exhibition
主旨:文化を伝えるーという作業とグローバル・スタンダードな話。
今回、「山本作兵衛翁・世界記憶遺産記念展」を開催するにあたり、一番コダワッテいるエッセンスを重要な課題としたいと思います。-それは翻訳の問題です。
私達?は、その地方に方言はあっても共通の日本語をもった日本人である、という事です。その日本人がグローバルなスタンスで「文化」を伝える為には、まず私達が日本語を知る必要があります。今回、一番わかり易い作業を考えました。
例えば、おそらく世界共通語となりつつある「英語」を主体としたテキストです。-それに基付き日本語訳をつける事により深く、私達の日本語を解釈できる時代にきていると思うのです。例えば、私は「英語」をしゃべりません。ただ、私の頭の中には何故かしら「英語表記」の方が伝わる事象が多々あります。―――それを日本語で考えた方が自分の発言が、より明確になるわけです。
今回、考えましたのは世界に発信する場合、まず英語表記を基に日本語を付けたいと思いました。そうする事により、より私達の現在の生活文化、今の日本人の生活を伝える本当の意味での筑豊を紹介できる作業につながるのではないか・・、と思いました。
もしかすると、生活文化の中に私達の「思想」のようなもの?も表出し「面」にでてくるような気がしたのです。稚拙な考えかもしれませんが「このお屋敷」で生活しながら、結構そのような事をいつも考えています。
あくまでも実験ですが。今、自分の中に、そういった作業が必要なのだと考えています。
追想:現実に「ここ」で生活している「自分」が存在するわけです。
この「場」に及んでは「不在」とはいえなくなってしまいました。
その自分が海外からのお客様に「筑豊文化」を、どのように紹介するか
「このお屋敷」も含めて、私は英語をしゃべりません。しゃべれないのと
喋る必要もないのです。-ただ、伝える作業は何かしら必要なのだと
思い居たっているわけです。---どうしても「ここ」を、「筑豊」を
スタンダードな?解釈で伝える作業は今しかない、と思います。
そして私達のような、ある種「人の画業」に思い入れる事ができる人間の
使命だと思っています。今、やらなければ明日も多分、未来もできない
とおもいます。-解りにくいと思われますが・・・。お汲み取りいただけますと
幸いです。
歴史在る神社との遭遇「宗教」と「思想」は自ずからして、そもそも「違う」ものだという事を明らかにしなければ
ならない。何故かと申しますと、宗教家がいない「この現世」誰のいう事がしんようできると
いうのだろうか・・・?小説家は「嘘も方便」芥川賞くらいではお慶びではなくなっています。
今回のかの御仁、母里氏いわく「いいんじゃあないですかああ・・・!そんな小説家がいても!」ってな
具合で・・・。私的には「そもそも、もらいたくもないものに、どうして出品するのおおお??」
その世界で生きている「自分」を知らずして「良き小説」の1本も書けるはずがあるまいが・・・!
と・・・、と言いたい。この類は昔からあって、「文化勲章」なんていらない!って、言ってる人も
ちゃっかりもらって嬉しそうな幸せな光景・・・。これが「日本」かなああ??ああああ!いやだわ!
兎に角、道路に面していないのでわかり難い!尚且つ、看板も見えにくい。ときている。-色々やると「直ぐお金」がかかるので・・・。「あをぎり」は
ビンボーなので色々、やれない。かといって「お客様」にいらしていただけない事には「お商売・あがったり!」
このジレンマは彼是、10年くらい続いている。母里氏いわく「本当に訪れたい客人は多少、わかりずらくても
やってくるものだ・・・!」とノタマウ・・・!然り!我々も本当に行きたいところには「探してゆくわけですから!」
あをぎりの下の公園に「鳩」の碑がある公園の「鳩の碑」を左手に見ながら坂を上がっていただくと「大きな屋敷」が
あります。銅御殿といわれた「旧林田邸」現在は「料亭あをぎり」
報道の加藤さんというレポーターからの取材がありましたテーマは「食の九州遺産」-我が家の「くじら料理」と「お石灰蒸し料理」をご紹介いただきます。
朝、8時半のラジオゴールデンタイムらしい!皆さん、聞いてください!!